幸福論

Ⅰ-1 ナポレオン・ヒルの失敗?

更新日: 2018年6月25日 15時52分

 何処かで読んだのだが、幸福とは『自分の能力への信頼』『選択の自由』『良好な人間関係』なのだという。まあ悪くはない、その通りといってもよい。だがどうやったらそれが実現できるのだ?

 この問いに対する答えでこれまで最も説得力があると思ったのは「心に成功した時の喜びを強くイメージし、身の回りに実現した時に手に入るものを置き、そして既に実現したようにふるまうのだ」という、今や「多くの人がその方法を著書にして成功した」あの成功哲学である。なかでも有名なのは『人を動かす』のD.カーネギーか『思考は現実化する』のナポレオン・ヒルだろう。成功と幸福は同義と考えていいだろうと私は考えている。

 だが私にはあまり向いていなかった。成功した人も多くいるのかもしれないが、その陰でこの本を信じて大きく躓いた人も多いと思う。決して負け惜しみで言っているわけではない。なぜなら、私にこの成功哲学のキット本を紹介した友人が後に、「自分が紹介しておいてこんなことを言うのも気が引けるが、実は成功哲学を実践して多額の借金を背負ってしまった人が多数いる。あまり楽天的に考えないでほしい。」と言ってきたからだ。

 成功した人もいるのだから出鱈目ではないが、この成功哲学には欠けているものがあったのだろう。『思考は現実化する』のナポレオン・ヒル本人は1970年に亡くなっているが、彼の残した財団は2011年(邦訳版2013年)に『Outwitting the Devil(悪魔を出し抜け)』という本を出版した。驚くなかれこの本は『思考は現実化する』を発表した翌年の1938年に書き上げられていたにもかかわらず、親族の反対でその後70年間封印されていた。一説には批判を恐れたからだと言われている。

 『Outwitting the Devil』の冒頭には多くの推奨文があるが、最もわかりやすいブライアン・トレーシーという人の推奨文の概略は次のようなものである。「『思考は現実化する』は成功へのロードマップである。そして『悪魔を出し抜け』は、あなたを躊躇させている障害物を打ち破る方法が示されている」というものだ。その他の推奨文もみな似たり寄ったりである。これは、どのように言いつくろおうが、世界中の人が虜となった名著『思考は現実化する』は不完全で、実践・実現に必要な決定的要素が欠けていたことを認めているに等しい。

 伝えられるように『思考は現実化する』の出版直後にこの書の原稿が完成していたのなら時をおかず出版するべきものである。だが彼はそれをしなかった。なぜなら爆発的に受け入れられている前著を『未完成品』と呼ばなくてはならなくなり、ブームは一気にしぼむからだ。もしそうなっていたら『思考は現実化する』の売れ行きはきっと激減したことだろう。

 

 『Outwitting the Devil』では『思考は現実化する』の不完全さを次のように説明している。
 思考の現実化を阻害するものが存在する。それはもう一人の自分である。我々には二つの存在があり一方の自分は「一時的な敗北に出会うことはあっても永久に敗北することはない」。もう一方の自分は「一時的敗北に会うとそれを永久のものと思い込む」というのである。そしてそれを悪魔に置き換え、『Outwitting the Devil』はそこから悪魔との対話が始まる。

 もうお判りだろう、「敗北するもう一人の自分は、悪魔のささやき・恐怖に支配された人である」というのである。ここから後は『ありふれた』と云っていいだろう、よくある神と悪魔の対話のようなものである。一神教と縁の薄い日本人には奇異に映るといってもいい。悪魔の口を借りて彼の成功哲学の正当性を主張するのだ。

 

 元々シンプル且つ力強い言葉で『思考は現実化する』を書いたナポレオン・ヒルが、その発刊直後にこのような原稿を残していたと信じられるだろうか?これが事実なら、彼は最初の『思考は現実化する』を出版した後、すぐそれが不完全な書物であることに気が付いたことになる。

 彼に欠けていたのは人間に対する理解である。『思考は現実化する』が不完全であると気づいて、人間に対する理解を欠いたまま遮二無二対処しようと試みたのが、全ての責任を悪魔に押し付けた形式の『Outwitting the Devil』(悪魔を出し抜け)である。

もし彼がすぐにこの本を世に問えば「彼の『成功哲学』はありふれた啓蒙書として埋もれていた」だろう。それを救ったという意味では彼の親族は実に賢明であったのだ。しかしナポレオン・ヒル本人は不誠実のそしりを免れない。『思考は現実化する』は、成功を夢見させはするが夢物語・ファンタジーにすぎなかったという結論になる。
 もし彼が最初の本を書く前に釈迦哲学を知っていたなら、彼の成功哲学は完璧な啓蒙書となり、『Outwitting the Devil』を書く必要はなかっただろう。若しくは最初の本が書けなかったかもしれない。

 しかしナポレオン・ヒルやD.カーネギーの成功はすさまじいものだった。彼等の読者の多くが成功した。ただし、その成功の殆どは、ナポレオン・ヒルやD.カーネギーの本の内容をコピーした新たな本を出版し・講演を行い・コンサルタントとして働くことで得られたものである。今でも毎年「心から信じれば必ず実現する」というおまじないを解説した本が、手を変え品を変え何冊も出版されているのだからその影響力は大変なものである。だが『Outwitting the Devil』をまねた本は出版されない。

〔 川﨑 瑞峰 〕

 

 


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